

所長 杉山 美智晴
いつから日本はこのような恐ろしい国になったのでしょうか。自殺者は10年連続で3万人を超え、自分を見失った若者は、罪のない子供や女性に対して無差別殺人を繰り返す。建材や食品の品質偽装など、自分さえ良ければとの利己主義が横行している現代。
以前の日本人はそうではなかった筈です。1922年11月から1ヶ月あまり日本に滞在したアインシュタイン博士は、日本人のすばらしさを「きちんとした躾や心のやさしさにある」と言われ、「日本人は、これまで知り合ったどの国の人よりも、うわべだけでなく、すべての物事に対して物静かで、控えめで、知的で、芸術好きで、思いやりがあって非常に感じが良い人たち」であると伝えています。戦国時代に来日したフランシスコ・ザビエルをはじめ、江戸時代から明治・大正時代に来日した外国人の多くは日本人のすばらしさを一様に語っているのです。
それがどこで変わってしまったのでしょうか。戦後、豊かさを求め、経済至上主義を叫び、利欲に走るエコノミック・アニマルと呼ばれ、さらに現代人は、経済的には豊かになったものの、精神的には貧しくなり、ついには自分の心まで解らなくなってしまい、思いやりの心を持つ余裕すらなくなってしまったようです。
このような現代人に対して、拠って立つべき「日本の精神」として『武士道』が再び読まれているようです。『武士道』は、新渡戸稲造博士によって1899年アメリカで英文で発刊されました。そのきっかけは、留学先で日本の道徳教育について尋ねられ、自分の学んだ「人の倫(みち)」たる道徳は、学校で習ったものではなく、武士道として吹き込まれたものだと気づき、論文として発表したものでした。新渡戸博士は、「武士道」の基本精神を「勇猛果敢なフェアプレイの精神」と規定し、不正や卑劣な行動を禁じ、正義を遂行する精神であるとしています。儒教では「仁」「義」「礼」「智」「信」の五常を説き「仁」(思いやり)をトップに置いたのに対し、武士道はトップに「義」(正義)を置き、武士たる者の行動基準は「義」を基にしたのです。そして、「勇」「仁」「礼」「誠」の五常を置いたのです。
武士道では徹底的に何が正しいかの「義の精神」を教え、自分の行動の中に「義」があるかないかを常に問いました。「欲望」を抑え、「打算や損得」を離れて、普遍的な「良心」「天道」に基づいて行動することを求められたのです。「武士道」は、武士が守るべき道徳律として誕生しましたが、その崇高なる精神は、時代の変遷とともに広く一般庶民にも広がり、日本人の「人の倫」となって伝わっていったのです。「どっちが得か」「メリットはあるのか」との損得を判断基準に行動している現代人において、「義」という言葉すら忘れられているのではないでしょうか。
企業経営においても目先の損得に捕らわれるのではなく、社会にとって正義なのか、自分の良心に対して恥じることはないのかを確かめて企業経営をすることが、末永く健全に発展する秘訣だと思います。
「義を見てせざるは勇なきなり」 損得を判断基準とせず、勇気を持って正しい行動をしたいものです。
参考:「日本人の品格」岬
龍一郎著 PHP文庫
SUN経ニュース 第11号より